【医師解説】 ブレインフォグ専門外来
~コロナ後遺症でよく聞くブレインフォグとは何?治療は何がある?~

「もうこんな時間か…。」
仕事が溜まっており、今日も残業が続いている。
今日は朝から頭が働かなかった。仕事にとりかかろうと思うが、頭全体に霧がかかったようで、集中力も維持できなかった。

休日になると、なんでこの仕事に転職しちゃったのだろう?と感じる。別の会社へ転職したいという希望はあるが、転職しても同じ状況になったらどうしよう…と不安が強い。

妻は二人目を妊娠中で、両親は喜んでいるが、二人も子供を育てていけるのだろうか?

このままこの仕事を続けていけるのか?頭がグルグル回る。
仕事だけでなく、趣味の野球中継も楽しめなくなった。
日曜日の夜はなかなか寝付けない。眠り自体が浅く、月曜日の朝は身体が重いのだ。
肩こりとともに、自分は“濃い霧”の中に包まれているような感じで、なんとか出社できる状態が続いていた。

同僚がコロナウイルスに感染し、濃厚接触者となった。PCR検査をしたところ、陽性となり自宅待機となった。発熱はあったが、それ以外に大きな症状はなかった。
隔離期間が終わり仕事に復帰するが、仕事へのやる気が出ず、身体の疲労感が強い。

見える世界が曇ったようで、仕事への意欲、集中力が湧かない。これがコロナ後遺症、ポストコロナの抑うつ状態、そして、「ブレインフォグ(脳霧)」と知ったのは、症状が3か月続いた後だった。

ブレインフォグとは

 ブレインフォグは言葉の通り脳の霧という意味します。頭の中に霧がかかったような状態になり、記憶障害集中力の低下などが見られます。

 新型コロナウィルス感染症でも後遺症の一つとして報告が上がっていますが、定義の明確な医学用語ではありません。

ブレインフォグを起こす原因

 ブレインフォグ自体は病名ではなく、症状の一つを表す用語です。ブレインフォッグを引き起こしうる病態には様々な病気があると言われています。

  • うつ病
  • 睡眠障害
  • 適応障害
  • 慢性疲労症候群
  • PMS(月経前症候群)/PMDD(月経前不快気分障害)
  • 双極性障害
  • ADHD(注意欠陥多動性障害)/ASD(自閉症スペクトラム・発達障害)
  • 依存症(アルコール・薬物など)

新型コロナウィルス感染症としてのブレインフォグ

2019年12月初旬に中国の武漢市で第一例の感染者が報告されて以降、世界的に流行している新型コロナウィルス感染症ですが、感染から回復後も呼吸器、心臓、皮膚、神経など感染後も続くコロナ後遺症に悩まされる方がいらっしゃいます。特に神経や精神の領域では、倦怠感(慢性疲労症候群)や頭に靄がかかる(ブレインフォグ)などがより頻度が多いと言われています。

中国の研究では、COVID-19感染後の認知機能低下と血液中の炎症性物質に正の相関があることを報告しています。
コロナウイルスへの感染で抑うつ症状、慢性的な疲労感、ブレインフォグ等が起きているのであれば、感染症に対する生体反応が症状を引き起こしていると予測されます。

生体は、感染やワクチン接種などを受けると、生体防御反応として免疫反応を起こします。
そして、免疫反応は、炎症性サイトカインにより、脳を含めた全身に炎症を起こすことが知られています。

上記は2020年にFront.Neulで発表された「Applications of Non-invasive Neuromodulation for the Management of Disorders Related to COVID-19」の図です。

コロナウィルス感染による炎症反応が、
身体の交感神経活動を活性化させ、その結果コロナ後遺症の症状が出ること

またTMS(経頭蓋磁気刺激)やtDCS(経頭蓋直流電気刺激療法)などのニューロモデュレーションは、
この炎症性に高くなった交感神経活動を打ち消すことで症状の改善、緩和につながるのではないかと発表がありました。

脳の炎症

一方で私たちの脳にはBBB(Blood-brain barrier:血液脳関門)があります。
脳は、血液からの有害物質や病原体を侵入させないようにバリア機能をもっているのです。
そのため、ウィルスそのものが脳の中に入るということは考えにくいのです。

現在の研究ではコロナウィルスは星状細胞(アストロサイト)に感染することが示唆されています。

ワーキングメモリーとTMSの関係

脳内の炎症は、脳内で最も活動が高いワーキングメモリーに障害を与えます。
このワーキングメモリーが動かなくなった状態が、ブレインフォグです。

これまで原因不明であったブレインフォグ、うつ病、慢性疲労症候群も、脳の炎症によるワーキングメモリーの障害がその原因と考えられます。

うつ病の病態における神経炎症性仮説の広がり

 ブレインフォグが脳の慢性炎症による一方でうつ病においても、現在、世界ではうつ病がセロトニン不足で起こるという「モノアミン仮説」だけでは十分に説明できないと言われ始め、うつ病は脳の慢性炎症であるという「神経炎症性仮説」が注目され始めています。

World J Biol Psychiatry. 2022 Mar 9:1-9

 こちらは2022年3月に関西医科大学が「うつ病患者の治療前の血中サイトカイン値を調べることが抗うつ薬の選択に有用である」ということを報告した論文となっています。

実際に、米国では軽症・中等症のうつ病には抗うつ薬の使用は制限されています。

日本でも先進的取り組みを行なっている医療機関では、うつ病を炎症性の神経障害として治療を開始しており、当グループでも大学機関と提携し炎症性サイトカインについての研究をおこなっています。

ブレインフォグを改善させるために日常生活でできること

ブレインフォグを改善させるために、日常生活の取り組みでできることに、以下のことが挙げられています。

  • 有酸素運動:もしコロナ後遺症で悩んでいる場合や疲労感があるときは無理をしないことも大事です。1日に数回2−3分でも良いと言われています。
  • 地中海料理:オリーブオイル、果物・野菜、ナッツなどを含む食事は脳を活性化すると言われています。
  • アルコールを控える
  • 良質な睡眠
  • 社会活動に参加する
  • 脳を刺激するようなマインドフルネスや音楽を聴くなど新しいことを行う

〜この記事のまとめ〜

  • ブレインフォグは診断名ではなく症状名であり、ブレインフォグを引き起こす病態は、うつ病や睡眠障害から、ADHD、ASD、依存症など多岐にわたると言われている。
  • コロナ後遺症・慢性疲労症候群の症状の一つとも言われるブレインフォグの原因は、脳の炎症によるワーキングメモリーの障害であるという仮説が唱えられており、コロナ後遺症・慢性疲労症候群だけでなく、うつ病や睡眠障害の原因としても慢性炎症性仮説が広がりつつある。
  • ブレインフォグ、ワーキングメモリー機能を改善する治療にTMS治療があげられる。

ブレインフォグにTMSが著効した例